【あ】
001 葵上(あおいのうえ)


澤邊の蛍の影よりも
ツレ『思ひ知らずや』
シテ『思ひ知れ』
地『恨めしの心やあら恨めし乃心や。人乃恨みの深くして。憂き音に泣かせ給ふとも。生きてこの世にましまさば。水暗き澤邊の蛍乃影よりも光君とぞ契らん』

(作者) 世阿弥元清 
(曲柄) 四番目
(季節) 不定
(稽古順) 一級
(所) 京都
(物語・曲趣) 源氏の北の方である左大臣の女葵上が物の怪に悩まされるので、その物の怪の本体を知るために、梓巫女を呼んで呪文をかけさせる。 

すると、破れ車に乗った六条御息所の生霊が現れて源氏の愛を失った怨みを述べ、葵上に祟りをなそうとするので、巫女はその心を翻させようと努力する。しかし、怨霊の嫉妬心はますます募り、葵上を連れて行こうとする。

そこで、大急ぎで横川の小聖を呼んで加持をさせるが、怨霊は鬼女の姿に変ってからもなお葵上に祟ろうとした。しかし、怨霊は最後には行者に祈り伏せられ、心を和らげて成仏得脱の身となるのである。

女人の執心を取り扱ったもので、悪念と法力の闘争がこの曲の主題となっている。

物の怪=生霊・死霊などの人に憑いて悩まし祟るもの。
梓巫女=弓弦を鳴らし呪文を唱えて、生霊・死霊などを呼び出す巫女。
横川の小聖=横川は叡山三塔のひとつ。小聖は当時の名僧の何人かの通称として用いられた名であろう。

いかに行者はや帰り給へ
後シテ『いかに行者。はや帰り給へ。帰らで不覚し給ふなよ』
ワキ『たとひ如何なる悪霊なりとも。行者の法力尽くべきかと。重ねて数珠を押し揉んで』

・・・
地『讀誦の声を聞く時ハ。讀誦の声を聞く時ハ。悪鬼心を和らげ。忍辱慈悲の姿にて。菩薩も此処に来迎す。成仏得脱の。身となり行くぞ。ありがたき身となる行くぞありがたき』

小謡
(上歌)『月をば眺め明すとも。月をば眺め。明すとも月にハ見えじ陽炎の。梓の弓乃末弭に立ち寄り憂きを語らん立ち寄り憂きを語らん』

小謡
(上歌)我人の為つらければ。我人乃為つらければ必ず身にも報うなり。何を嘆くぞ葛の葉乃恨みハ更に。尽きすまじ恨みハ更に尽きすまじ』

(役別) シテ 六条御息所ノ生霊、 ツレ 巫女、 ワキ 横川小聖、 ワキツレ 臣下
(所要時間) 三十分