【あ】
005 安達原(あだちがはら)
月に夜をや待ちぬらん 地『糸櫻。色も盛りに咲く頃ハ』 シテ『来る人多き春の暮』 地『穂に出づる秋の糸薄』 シテ『月に夜をや待ちぬらん』 地『今はた賎が操る糸の』 シテ『長き命のつれなさを』 |
(作者) 金春禅竹。ただし異本謳曲作者は作者不明としている。
(曲柄) 五番目
(季節) 八月
(稽古順) 三級
(所) 岩代国安達郡大平村黒塚
(物語・曲趣) 廻国の旅に出た紀伊国那智の東光坊祐慶の一行が陸奥の安達原に来ると、暮れにさしかかったので、ある一軒家に泊めてもらう。その家には、老境に近づいたひとりの女がいた。女は、所望に応じて、枠?輪(わくかせわ)を持ち出して糸を繰って見せた。
やがて、女は夜寒を凌ぐために焚き火の薪を山へ取りに行こうとして、「留守の間に閨の中を見たりなさるな」と言い置いて出かけた。
その言葉に不審を抱いた祐慶等は、隙間から閨の中をのぞいて見ると、人間の死骸が累々として積まれているのを見た。さては話に聞いていた鬼の棲家であったのかと、祐慶等は驚いて逃げ出す。
それに感づいた女は、鬼の正体を現して追っかけ取って喰おうとしたが、祐慶等による懸命な祈りに負けて、ついに姿を隠すのである。
那智の東光坊=那智は紀州熊野権現三社の一つ。東光坊はその坊の名。
安達原=福島県岩代国安達郡大平村黒塚。
枠?輪=わくかせわ。枠は繰った糸を巻き取る道具。?輪は?絲をかけるもので枠の大きなもの。
胸を焦す焔咸陽宮の煙 シテ『胸を焦す焔。咸陽宮の煙。紛々たり』 地『野風山風吹き落ちて』 シテ『鳴神稲妻天地に落ちて』 地『空かき曇る雨の夜の』 シテ『鬼一口に喰はんとて』 地『歩み寄る足音』 シテ『振り上ぐる鉄杖乃勢ひ』 地『邊を払って恐ろしや』 |
■小謡 (上歌)さらば留まり給へとて。樞を開き立ち出づる。異草も交る茅筵。うたてや今宵敷きなまし。強ひても宿を狩衣。片敷く袖の露ふかき。草の庵乃せはしなき。旅寝の床ぞ。もの憂き旅寝乃床ぞもの憂き』 |