【あ】
006 敦盛(あつもり)
シテ ワキの問答 ワキ『いかにこれなる草刈達に尋ね申すべき事の候』 シテ『此方の事にて候か何事にて候』 ワキ『只今の笛ハ方々乃中に吹き給ひて候か』 シテ『さん候我等が中に吹きて候』 ワキ『あら優しや。その身にも応ぜぬ業。返す返すも優しうこそ候へ』 シテ『その身にも応ぜぬ業と承れども。それ勝るをも羨まざれ。劣るをも賤しむなとこそ見えて候へ。その上樵歌牧笛とて』 |
(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 二番目 修羅物
(季節) 八月
(稽古順) 四級
(所) 摂津国神戸市須磨一ノ谷
(物語・曲趣) 平敦盛を討ち無常を感じて出家したのち、連生となった熊谷直実が一の谷に下って昔のことを追憶している。
すると笛の音が聞こえてきて、やがて草刈達が近づいて来たので、直実は「先刻の笛はあなた方が吹いたのか」と尋ねる。これに対して、そのなかの一人が「そうだ」と答えたので、その男と笛の話をしているうちに、他の者は帰ってしまい、その男だけが残った。
そこで、直実は「あなたはなぜ帰らないのか」と尋ねると、草刈男は「十念を授けて欲しいからだ」と答え、それとなく敦盛の幽霊であることをほのめかして消え失せた。
連生が夜もすがら回向をしていると、敦盛の幽霊が現れ「懺悔の物語をしましょう」と言って、「平家の栄華と没落のことや自分の最後の有様」などを語り、今は敵にあらざる連生の回向を喜んで消え失せるのである。
本曲の主な狙いは、言うまでもなく後段の懺悔の物語の部分であると言えよう。
連生=熊谷直実は黒谷の法然上人のもとで剃髪し、連生と称した。
十念=弥陀名号を十度唱えること。その功徳で往生すると言われる。
浪に萎るゝ磯枕 シテ『後の山風吹き落ちて』 地『野も冴えかへる海際に。船の夜となく昼となき。千鳥の声も我が袖も。波に萎るゝ磯枕。海士の苫屋に共寝して。須磨人にのみ磯馴松乃。立つるや夕煙柴と云ふもの折り敷きて。思ひを須磨の山里乃。かゝる所に住まひして。須磨人になり果つる一門の果ぞ悲しき』 |
■小謡 (上歌)『須磨の浦。藻塩誰とも知られなば。藻塩誰とも知られなば。我にも友のあるべきに。余りになれば侘人乃親しきだにも疎くして。住めばとばかり思ふにぞ憂きに任せて過すなり憂きに任せて過すなり』 ■小謡 (上歌)『身の業の。好ける心に寄竹乃。好ける心に寄竹の。小枝蝉折様々に。笛の名ハ多けれども。草刈の吹く笛ならばこれも名ハ。青葉の笛と思し召せ。住吉の汀ならば高麗笛にやあるべき。これハ須磨の塩木の海士の焼残と思し召せ海士の焼残と思し召せ』 |