【い】
011 井筒(いづつ)


業平の面影
地『筒井筒。つゝゐづゝ。井筒にかけし』
シテ『まろがたけ』
地『生ひにけらしな』
シテ『老いにけるぞや』
地『っさながら見みえし。昔男の。冠直衣ハ。女とも見えず。男なりけり。業平の面影』
シテ『見ればなつかしや』
地『』我ながら懐かしや。亡婦魄霊の姿ハ凋める花の。色なうて匂ひ。残りて在原の寺乃鐘もほのぼのと。明くれば古寺の松風や芭蕉葉の夢も。破れて覚めにけり夢ハ破れ明けにけり』

(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 三番目 (鬘物)
(季節) 九月 
(稽古順) 二級
(所) 大和国山邊郡丹波市町石上在原寺
(物語・曲趣) 廻国の僧が南都から初瀬に赴く途中、石上の在原寺に立ち寄ると、ひとりの女が来て庭井の水を汲んでそこにある塚に手向ける。

僧は不審に思って言葉をかけると、女は「これは業平の塚だから弔うのです」と答え、昔ここで紀有常の女と契った業平が詠んだ歌のことや、井筒のそばで一緒に遊んだ子供の時のことを詠み交わして夫婦になったことなどを語る。そして、「実は私が井筒の女とも呼ばれたその有常の女なのです」と言って、井筒の陰に隠れた。

その夜、僧の夢に有常の女が現れ、業平の形見の直垂を着て舞を舞い、井戸の水に姿を映して業平の面影を懐かしがったりしていたが、明け方になって夢は覚めるのである。

主題は、女の男に対する恋慕の情を美化したところにある。男は在原の業平、女は紀の有常の娘、または井筒の女とも呼ばれる。

在原寺=奈良県山辺郡丹波市町石上にあった寺。現在、その旧跡と伝えられるところに、在原神社がある。
紀有常=紀名虎の子。紀有常と業平とが結んだ由は、古今集のふたりの贈答歌の詞書に見える。

小謡
(上歌)『迷ひをも。照らさせ給ふ御誓ひ。照らさせ給ふ御誓ひ。げにもと見えて有明の。行方ハ西乃山なれど眺めハ四方乃秋の空。松の声のみ聞ゆれども。嵐ハ何処とも。定めなき夜の夢心。何の音にか覚めてまし。何乃音にか覚めてまし。』

小謡
(上歌)『名ばかりハ。在原寺の跡古りて。在原寺の跡古りて。松も老いたる塚の草。これこそそれよ亡き跡乃。一叢ずゝきの穂に出づるハいつの名残なるらん。草茫々として露深々と古塚乃。まことなるかないにしへの。跡なつかしき気色かな跡なつかしき気色かな』

(役別) 前シテ 里女、 後シテ 有常ノ娘、 ワキ 旅僧
(所要時間) 四十五分