【か】
027 春日龍神(かすがりうじん)
神慮を崇めおはしませ 地『三笠の森乃草木の。三笠の森乃草木乃。風も吹かぬに枝を垂れ。春日山野辺に朝立つ鹿までも。皆ことごとく出でむかひ。膝を折り角を傾け上人を礼拝する。かほどの奇特を身ながらも真乃浄土ハ。何処ぞと。問ふハ武蔵野の。はてしなの心やたヾ返すがえす我が頼む。神のまにまに留まりて神慮をあがめおはしませ神慮をあがめおはしませ』 |
(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 五番目 (略初能)
(季節) 三月
(稽古順) 二級
(所) 大和国奈良春日神社
(物語・曲趣) 入唐渡天を思い立った栂尾の明恵上人が、お暇乞いのために南都に下って春日龍神に参詣すると、宮守の翁が現れ、上人の参詣を喜んだ。
しかし、翁は、上人が渡天の志を持っていることを聞くと、「釈迦入滅の現在では、この春日の御山がすなわち霊鷲山であるから、その必要はないでしょう」と諌め、さらに当社の縁起を語る。
それを聞いた上人が「それでは渡天を思いとどまりましょう」と言うと、翁は「それならば、この御笠山に五天竺を移して、釈迦の誕生から入滅までの様子を見せましょう。自分は明神の命により現れた時風秀行である」と告げて消失した。
やがて、春日の野山は金色の世界となり、大地震動するなかに下界の龍神が現れ、霊鷲山における仏の会座の光景を示した後、再び上人を諌めて、龍神は猿沢の池に飛び入って消え失せるのである。
春日龍神の威厳を表わそうとした曲で、明神の命令を受けて時風秀行や龍神が現れるという構想も、明神に深い威厳を感じさせる手段と思われる。
入唐渡天=支那に渡りさらに印度へ赴くこと。渡天は天竺に渡ること。
栂尾=とがのお。京都市高雄の北にあり、明恵の中興した高山寺がある。
明恵上人=華厳宗の高僧で、明恵はその号。
入滅=釈迦が死ぬこと。
霊鷲山=釈尊が法華経を説いたところ。
五天竺=天竺は東西南北中の五部に分かれているので五天竺という。
時風秀行=鹿島明神が常陸から春日山に移られる際に供奉したふたりの者。
仏の会座=釈迦説法の席。
猿沢の池=奈良県興福寺の前の池。
さて入唐は (獨吟 仕舞) シテ『八大龍王ハ』 地『八つの冠を傾け。所ハ春日野乃。月の三笠の雲に上り。飛火の野守も出でヽ見よや。摩耶の誕生鷲峯の説法。雙林乃入滅。悉く終りてこれまでなりや。明恵上人さて入唐ハ』 ワキ『止るべし』 地『渡天ハ如何に』 ワキ『渡るまじ』 地『さて仏跡ハ』 ワキ『尋ねかじや』 地『尋ねても尋ねてもこの上嵐の雲に乗りて。龍女ハ南方に飛び去り行けば。龍神ハ猿沢の池乃青波。蹴立て蹴立てヽその丈千尋の大蛇となって。天にむらがり。地に蟠りて池水をかへして。失せにけり』 |
■小謡 (上歌)『御社乃。誓ひもさぞな四所乃。誓ひもさぞな四所乃。神の代よりの末うけて。澄める水屋の御影まで塵にまじはる神ごヽろ。三笠乃森の松風も。枝を鳴らさぬ。景色かな枝を鳴らさぬ景色かな』 ■小謡 (上歌)『三笠の森乃草木の。三笠の森乃草木乃風も吹かぬに枝を垂れ。春日山野辺に朝立つ鹿までも。皆ことごとく出でむかひ。膝を折り角を傾け上人を礼拝する。かほどの奇特を身ながらも真乃浄土ハ。何処ぞと。問ふハ武蔵野の。はてしなの心やたヾ返すがえす我が頼む。神のまにまに留まりて神慮をあがめおはしませ神慮をあがめおはしませ』 |