【か】
028 葛城(かづらき)


シテ ワキの問答
ワキ『あら嬉しや候。今の雪に前後を忘じて候処に。今宵のお宿返す返すもありがたうこそ候へ。』
シテ『余りに夜寒に候程に。これなる楚樹を解き乱し。火に焚きてあて参らせ候べし』
ワキ『あら面白や楚樹とハこの木の名にて候か』
シテ『うたてやなこの葛城山乃雪の中に。結ひ集めたる木々の梢を。楚樹と知ろし召されぬハ御心なきやうにこそ候へ』

(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 四番目(略三番目)
(季節) 十一月
(稽古順) 三級
(所) 大和国南葛城郡葛城山
(物語・曲趣) 出羽の国羽黒山の山伏が、大和の葛城山峯入りをして降りしきる雪に悩んでいると、ひとりの女が来て「彼方の谷陰に私の庵がありますから」と言って連れて行き、古歌の話をしながら楚樹を焚いてもてなす。

山伏が後夜の勤行を始めようとすると、女は「私に三熱の苦しみがあるので、加持して助けてください」と頼むので、不審に思ってそのわけを訊ねる。すると、女は「岩橋を架けなかった咎めで苦しんでいる身であり、自分が葛城の神である」ことを明かして消え失せた。

そこで、山伏が夜もすがら祈っていると、山陰から葛城の神が現れて大和舞を舞っておられたが、夜明けが近づくと、醜い顔かたちをあからさまにするのを恥じて、岩戸の中に隠れてしまう。

神であることの気品と、醜い顔かたちを恥じる女らしさとをひとつに融合しようとした曲である。

どこかに割り切れないような気持ちが付きまとっていて、女神の五体に絡み付いている蔦鬘(つたかづら)のもつれを思わせるような一種のひねくれた情熱が現れている。

羽黒山=山形県東田川郡にあり、修験道の霊場として有名。
葛城山=大和河内の国境に聳える高山役行者の修行した山。修験道の霊場。
峯入り=山伏が修行のために入山すること。
楚樹=しもと。細い木の枝。
後夜の勤行=午前4時ごろの勤行。
三熱の苦しみ=仏教では龍に三熱の苦痛ありと説く。それが神に転用されている。
加持=祈祷して救い助ける意。
岩橋を架けなかった咎め=役行者が葛城から大峯に岩橋をかけることを葛城神に命じたが、神は容貌の醜を恥じて、夜間ばかり仕事に従ったので、行者の怒りに触れて呪縛せられたことをいう。
大和舞=大嘗会や鎮魂際に舞われる舞の名。倭歌に合わせて舞う舞である。


天の香具山も向ひに見えたり
獨吟 仕舞
地『高天の原乃岩戸の舞。高天の原乃岩戸の舞。天乃香具山も向ひに見えたり。月白く雪白くいづれも白妙の。景色なれども。名に負ふ葛城乃。神の顔がたち面なや面はゆや。はづかしや浅ましや。あさまにもなりぬべし。明けぬ前にと葛城の。明けぬ前にと葛城の夜乃。岩戸にてぞ入り給ふ岩戸の内に入り給ふ』

小謡
(上歌)『肩上の笠にハ。肩上乃笠にハ。無影の月を傾け。擔頭の柴にハ不香乃花を手折りつゝ。帰る姿や山人の。笠も薪も埋もれて。雪こそくだれ谷の道をたどりたどり帰り来て柴の庵に着きにけり柴の庵に着きにけり』

小謡
(上歌)『楚樹ゆふ。葛城山に降る雪ハ。葛城山に降る雪ハ。間なく時なく。思ほゆるかなと詠む歌の。言乃葉添へて大和舞の袖乃雪も古き世の。外にのみ。見し白雲や高間山乃峯の柴屋の夕煙松が枝添へて焚かうよ松が枝添へて焚かうよ』

(役別) 前シテ 里女、 後シテ 葛城の神、 ワキ 山伏、 ワキツレ 山伏(二人)
(所要時間) 三十分