【か】
030 兼平(かねひら)
とくとく召され候へ 上歌『これハまた。憂き世を渡る柴舟の。憂き世を渡る柴舟の。乾されぬ袖も水馴棹の。見馴れぬ人なれど。法の人にてましませば。舟をばいかで惜しむべきとくとく召され候へとくとく召され候へ』 |
(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 二番目 修羅物
(季節) 四月
(稽古順) 三級
(所) 近江国滋賀郡粟津原
(物語・曲趣) 木曾の山家の僧が、義仲の跡を弔おうと思って旅立ち、矢橋の浦まで来る。
そこへ、老人が棹をさした柴舟が来たので、僧は老人に頼んで舟に乗せてもらい、湖上から名所名所を訊ねているうちに、舟はいつしか粟津が原に着く。
そこで、夜更けてから僧が回向をしていると、甲冑姿の武者がひとり現れて「私は今井四郎兼平であって、先ほどの舟人も実は私である。今度は私を御法の舟に乗せて、彼岸へ渡してください」と頼む。
その後、武者は義仲や自分が討ち死にした時の様子を物語るのである。
前半では湖畔の景色の説明に中心を置き、後半では兼平の勇ましい最期に主力が注がれている。
この曲には、主君に奉仕する勇将の意気とその壮烈な最期の描写が際立って、全体を勇壮なものにしているのが特色である。
矢橋の浦=滋賀県栗太郡琵琶湖の東岸にあり、粟津とともに近江八景のひとつ。
粟津が原=大津市の膳所から瀬田に至る松原のある街道。
御法の舟=極楽の彼岸に渡す法の誓いの舟。
刀に手を掛け給ひしが シテ『頃ハ睦月の末つ方』 地『春めきながら冴えかえり。比叡の山風の。雲行く空もくれはとり。あやしや通路の。末白雪の薄氷。深田に馬を駆け落し。引けども上らず打てども行かぬ望月の。駒の頭も見えばこそこハ何とならん身の果て。せん方もなく呆れはて。このまゝ自害せばやとて。刀に。手を掛け給ひしが。さるにても兼平が。行方如何にと遠方の後を見かへり給へば』 |
■小謡 上歌『これハまた。憂き世を渡る柴舟の。憂き世を渡る柴舟の。乾されぬ袖も水馴棹の。見馴れぬ人なれど。法の人にてましませば。舟をばいかで惜しむべきとくとく召され候へとくとく召され候へ』 ■小謡 上歌『武士の。矢橋の浦乃渡守。矢橋の浦の渡守と。見えしハ我ぞかし。同じくハこの舟を。御法の舟に引きかへて。我をまた彼の岸に。わたして賜ばせたまへや』 |