【か】
032 賀茂(かも)


神の御心汲まうよ
地『清滝川の水汲まば。高嶺の深雪解けぬべき』
シテ『朝日待ち居て汲まうよ』
地『汲まぬ音羽の瀧波ハ』
シテ『受けて頭の雪とのみ』
地『戴く桶も』
シテ『身の上と』
地『誰も知れ老いらくの。暮るゝも同じ程なさ今日の日も夢の現ぞて。うつろふ影ハありながら。濁りなくぞ水掬ぶの神乃心汲まうよ神の御心汲まうよ』

(作者) 金春禅竹。ただし、能本作者註文には「奥は寶生大夫作」と註記が加えられている。
(曲柄) 
初能 一番目 神祇物
(季節)
 六月
(稽古順) 
四級
(所) 
山城国京都 加茂神社
(物語・曲趣)
 播州室の明神に仕える神職が、室の明神と御一体の京都賀茂の社に参詣すると、川辺に新しい壇を築き、そこに白羽の矢が立ててあるので、水汲みに来た女にそのいわれを聞く。

女は「昔、秦の氏女と言うものが居て朝夕この川で水を汲んでいたが、ある時、川上から白羽の矢が流れて来たので取って帰って庵の軒に差して置いた。すると思わず懐胎して男子を産んだ。

その子がすなわち別雷の神であって、その母と矢が賀茂三所として一緒に祀られるようになったのです」と語る。女はなお水を汲んでいたが、やがて自分がその神であると告げて消え失せる。

ややあって、女体の御祖の神が現れて舞を舞っていると、さらに別雷の神も出現し、五穀成就、国土守護の誓いを示して、立ち去る。

主題は、賀茂の明神、別雷の神の威力をたたえることを建前にしている。

播州室の明神
=兵庫県揖保郡室津にある賀茂神社。別雷命を祀る。
壇を築き
=祭壇を作ること。
別雷の神
=玉依比売の子であって、矢の神格としたのは謡曲の誤りである。
賀茂三所
=上賀茂の別雷神、下賀茂の玉依姫命、松尾の大山咋神(矢の神格)を指す。
御祖の神
=下鴨の社をいう。その神すなわち玉依姫の神徳の意。


とゞろとゞろと踏み轟かす
シテ『ほろほろ』
地『ほろほろととゞろとゞろと踏み轟かす。鳴神の鼓乃。時も到れば五穀成就も国土を守護し。治まる時にハこの神徳と。威光を顕しおはしまして。御祖の神は糺の森に。飛び去り飛び去り入らせ給へばなほ立ち添ふや。雲霧を。別雷の。神も天路に攀じ上り。神も天路に攀じ上って。虚空に上らせ給ひけり』

小謡
(上歌)『御手洗の。声も涼しき夏陰や。声も涼しき夏陰や。糺の森乃梢より。初音ふり行く郭公なほ過ぎがてに行きやらで。今一通り村雨乃。雲もかげろふ夕づく日。夏なき水の川隈汲まずとも影ハ疎からじ汲まずとも影ハ疎からじ』

小謡
(上歌)『石川や。瀬見の小川乃清ければ。瀬見の小川乃清ければ。月も流れを尋ねてぞ。澄むも濁るも同じ江の。浅からぬ心もて。何疑ひ乃あるべき。年の矢乃。早くも過ぐる光陰惜しみても帰らぬハもとの水。流れハよも尽きじ絶えせぬぞ手向なりける』

(役別) 前シテ 里女、 後シテ 別雷神、 前ツレ 里女、 後ツレ 天女、 ワキ 室明神ノ神職、 ワキツレ 従者(二〜三人)
(所要時間) 
三十五分