【か】
033 通小町(かよいこまち)


袂を取って引き止むる
ツレ『思ひハ山の鹿にて。招くと更に止るまじ』
シテ『さらば煩悩乃。犬となって。打たヽと。離れじ』
ツレ『恐ろしの姿や』
シテ『袂を取って。引き止むる』
ツレ『引かるヽ袖も』
シテ『ひかふる』
地『我が袂も。共に涙の露。深草の少将』

(作者) 古曲を観阿弥清次が改作し、それを世阿弥元清がさらに改作したものとされる。 
(曲柄) 四番目 (略二番目)
(季節) 九月
(稽古順) 二級
(所) 前、山城国愛宕郡八瀬
    後、山城国愛宕郡市原野
(物語・曲趣) ある僧が八瀬の山里で夏篭りをしていると、木の実や薪を毎日持って来る女がいるので、ある日、持って来た木の実の数々を訊ねた後で、名前を聞く。

すると、女は「おのが名を小野とは言はじ薄生ひたる市原野辺に住む姥ぞ」と答え、回向を乞いて消え失せた。

そこで、この女を小町の幽霊と察した僧は市原野に行って回向をしていると、女が再び現れて受戒を乞う。すると、ひとりの男が現れてそれを止め「私をただひとり取り残すのか」と言って女を引き留める。

僧は、この両人が小町と少将の亡霊であることを知って、「懺悔のために百夜通いの様子を示されよ」と言う。僧の勧めに応じて、少将の亡霊はそのときの事を物語る。そして、小町が諭した飲酒戒を守ったのが一念発起の基となって、両人ともに成仏するのである。

題材は小野の小町と深草の少将の恋愛事件である。少将の愛欲は熱烈を極めてはなはだ執拗なものであったが、才色に自負した小町の驕慢心に弄ばれて、世にも気の毒な死に方をした。

百夜通って九十九夜で倒れたのであった。そのふたりを冥土から呼び出して死後のふたりの心境を見せようとするのがこの曲のねらいどころである。

八瀬=京都市の北方。叡山の西麓。
市原野=愛宕郡静市野村の大字。


九十九夜なり
地『あかつきハ。あかつきハ。数々多き。思ひかな』
シテ『我が為ならば』
地『鳥もよし啼け。鐘もたゞ鳴れ。夜も明けよたゞ獨寝ならば。つらからじ』
シテ『かやうに心を。尽しつくして』
地『かやうに心を尽し尽して。榻乃数々。よみて見たれば。九十九夜なり。今ハ一夜よ嬉しやとて。待つ日になりぬ。急ぎて行かん。姿ハ如何に』

■小謡
ツレ『拾ふ木の実ハ何々ぞ』
地『拾ふ木の実ハ何々ぞ』
ツレ『いにしへ見慣れし。車に似たるハ嵐にもろき落椎』
地『歌人の家乃木の実にハ』
ツレ『人丸の垣ほ乃柿。山の辺乃笹栗』
地『窓の梅』
ツレ『園の桃』
地『花乃名にある櫻麻乃。苧生の浦梨なほもあり櫟香椎真手葉椎。大小柑子金柑。あはれむかしの恋しきハ花たちばなの。一枝花たちばなの一枝』

(役別) シテ 深草少将ノ怨霊、 ツレ 里女、 ワキ 僧
(所要時間) 三十分