【く】
039 國栖(くず)


何と舟を捜さうとや
シテ『何と舟を捜さうとや。漁師の身にてハ舟を捜されたるも家を捜されたるも同じ事ぞかし。身こそ賤しき思ふとも。この所にてハ翁もにつき者ぞかし。孫もあり曾孫もあり。山々谷々の者ども出で合ひて。あの狼藉人を討ち留め候へ討ち留め候へ』

(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 五番目 (略初能)
(季節) 三月
(稽古順) 三級
(所) 大和国吉野郡国栖村
(物語・曲趣) 浄見原天皇が臣下を従えて都を立ち退かれ、大和の吉野川の畔にある庵でお休みになっておられると、この庵の老人夫婦が川舟で戻って来た。

そして、根芹や国栖漁供御に奉り、召し上がられた国栖の残りを尉が試しに川に放つと、その魚が生き返ったので吉瑞としてお喜びを申し上げた。

そのとき、賊の追手が来たので舟の中に天皇をお隠し申し上げ、御行衛を尋ねる追手に対しては、知らぬと言ったり、嚇したりしてついに退散させた。

そしてお慰めのために音楽を奏した後に夫婦は姿を消した。

やがて天女が現れて楽を奏すると、吉野の神々も来臨し、さらに蔵王権現も出現してその威力を示して、聖代復興のために御助力を申し上げるのである。

国栖のことは、国栖川の名から思いついたものであろうが、これと根芹とによって季感が現わされている。

国栖漁=国栖川で取れる鮎。国栖川の名から思いついたものであろうが、これと根芹とによって季節感が現わされている。
供御=ぐご。召し上がり物。


天を指す手は
シテ『王を蔵すや吉野山』
地『即ち姿を現して。即ち姿を現し給ひて。天を指す手ハ』
シテ『胎蔵』
地『地を又指すハ』
シテ『金剛宝石の上に立って』
地『一足をひつさげ東西南北。十方世界乃虚空に飛行して普天の下。卒土の内に。王威をいかでか軽んぜんと。大勢力の力を出し。国土を新め治むる御代の。天武乃聖代畏き恵み。あらたなりける。例かな』

小謡
(上歌)『牡鹿伏すなる春日山。牡鹿伏すなる春日山。水嵩ぞ増る春雨の。音ハ何処ぞ吉野川。よしや暫しこそ。花曇りなれ春の夜乃。月ハ雲居に帰るべし頼みをかけよ玉の輿頼みをかけよ玉の輿』

小謡
(上歌)『さもやごとなき御方とハ。疑ひもなく白糸の。釣竿をさし置きてそもや如何なる御事ぞ。かほど賤しき柴の戸乃。しばしが程の御座にもなりける事よ如何せんあらかたじけなの御事やあらかたじけなの御事や』

小謡
(上歌)『吉野の国栖と云ふ事もこの時よりの事とかや。蓴菜の羹ろ(*)魚とても。これにハいかで勝るべき間近く参れ老人よ間近く参れ老人』(*魚へんに蘆)

(役別) 前シテ 漁翁、 後シテ 蔵王権現、 前ツレ 老嫗、 後ツレ 天女、 子方 王、 ワキ 侍臣、ワキツレ 輿舁
(所要時間) 三十五分