【く】
041 鞍馬天狗(くらまてんぐ)


愛宕高雄の初櫻
(下歌)『さてもこの程お供して見せ申しつる名所の。ある時ハ。愛宕高雄の初櫻。比良や横川の遅櫻。吉野初瀬乃名所を。見残す方もあらばこそ』

(作者) 宮増某。ただし、自家伝抄には世阿弥の作としている。
(曲柄) 五番目 切能
(季節) 三月
(稽古順) 三級
(所) 山城国愛宕郡鞍馬山
(物語・曲趣) 鞍馬山東谷の僧が、西谷からの招待を受けて大勢の稚児を連れて西谷の花見に行く。

すると、そこにひとりの見知らぬ山伏が割り込んで来たので、僧は稚児たちを連れて帰ってしまう。

ところが、稚児たちの中の沙那王だけが居残り、山伏に同情して好意を示すので、山伏の方でもそれが沙那王であることを知ることになる。

そこで、山伏はその日陰者の境遇を憐れみ、一緒に方々の桜を見せて回り、再び鞍馬山に戻って来た。

その後、山伏は沙那王に対して、「実は自分はこの山に住む大天狗であるが、あなたに兵法の大事を授けて平家を打たせるようにしますので、また明日ここへおいでなさい」と言って飛び去った。

翌日、沙那王が約束のところで待っていると、大天狗が各地の天狗どもを従えて現れ、沙那王に兵法の奥義を伝え、なお将来をも守護する事を約束して飛び去るのである。

姿も心も荒天狗と自ら称している天狗と、さも華やかな有様と天狗から讃美されている稚児との愛情が、全曲を通じて際立った表現を作り出している。

鞍馬山=京都市の北方にある愛宕郡鞍馬村鞍馬山。
兵法の大事=兵法の秘伝をいう。


その如くに和上臈
地『その如くに和上臈も。さも花やかなる御有様にて姿も心も荒天狗を。師匠や坊主と御賞翫ハ。いかにも大事を残さず伝へて平家を討たんと思し召すかや優し乃志やな』

小謡
(上歌)『花咲かば。告げんと言ひし山里の。告げんと言ひし山里乃。使ハ来たり馬に鞍。鞍馬の山乃雲珠櫻。手折枝折をしるべにて。奥も迷はじ咲き続く。木蔭に並み居ていざいざ花を眺めん。さてもこの程お供して見せ申しつる名所の。ある時ハ。愛宕高雄の初櫻。比良や横川の遅櫻。吉野初瀬乃名所を。見残す方もあらばこそ』

小謡
(上歌)『御物笑ひの種蒔くや。言乃葉しげき恋草の。老をな隔てそ垣ほの梅さてこそ花乃情なれ。花に三春乃約あり。人に一夜を馴れ初めて。後いかならんうちつけに心空に楢柴乃。馴れハまさらで恋の増らん悔しさよ』

小謡
(上歌)『松嵐花の跡訪ひて。松嵐花乃跡訪ひて。雪と降り雨となる。哀猿雲に叫んでハ。腸を断つとかや必ずごの気色や。夕べを残す花のあたり。鐘ハ聞えて夜ぞ遅き。奥ハ鞍馬の山道乃。花ぞしるべなる此方へ入らせ給へ』

(役別) 前シテ 山伏、 後シテ 天狗、 前子方(数人) 牛若丸ト他ノ稚児、 後子方 牛若丸、 ワキ(前) 僧、 
ワキツレ(前) 従僧(二〜三人) 
(所要時間) 三十分