【け】
045 玄象(げんじょお)


獅子丸浮かむと見えしかば
地『獅子丸浮かむと見えしかば。獅子丸浮かむと見えしかば。八大龍馬を引き連れ引き連れかの御琵琶を。授け給へば。師長賜はり弾き鳴らし。八大龍王も絃管の役々或ハ波乃。鼓を打てば。或ハ琵琶の。名にし負ふ。獅子團乱旋に村上の天皇も。かなで給ふ面白かりける。秘曲かな』

(作者) 自家伝抄・二百十番謳目録には金剛作、歌謡作者考・異本謳曲作者には河上神主作とある。
(曲柄) 五番目 (略初能)
(季節) 八月
(稽古順) 準九番習
(所) 摂津国神戸市須磨浦
(物語・曲趣) 琵琶の名手藤原師長が研究のための渡唐を思い立って、その途中の須磨浦に立ち寄り、老人夫婦の藍屋に泊まった。

そして、師長は所望されるままに琵琶を弾いている。

すると、村雨が板庇を打ってこれを妨げるので、夫婦はで板屋を葺き、「これで同じ調子になりました」と言う。

師長は、このことからこの夫婦が音楽を心得ていることを悟り、夫婦に一曲を所望する。

そこで、夫婦は琵琶と琴を合奏する。

その神伎に驚いた師長は、渡唐を思い立った己の惚れを恥じながら出て行こうとする。

夫婦はそれを引き止め、「実は我等は渡唐を止めさせようと思って現れた村上天皇と梨壷の女御である」と言って消え失せる。

やがて、村上天皇の霊が現れ、下界の龍神を召して獅子丸の琵琶を取り寄せられ、師長に授けて秘曲を伝えた後、飛行の車に乗って立ち去るのである。

情趣的には、須磨浦の秋の夜に琵琶を弾いたり、板庇に村雨がにわかにやって来たりするところが狙いどころとなっている。

藤原師長=頼長の子。治承三年太政大臣となる。世に妙音院と称して琵琶の名人であった。
=とま。菅または茅で編んだ筵。
梨壷の女御=村上天皇の女御芳子。宣燿殿女御と申し、琴引きの上手であったことが栄華物語に見られる。

小謡
(上歌)『そよや陸奥の。そよや陸奥の。千賀の塩窯ハ。名のみにて遠ければ。いかヾ運ばん伊勢島や。阿漕が浦の汐をば度かさねても汲み難し。田子の浦乃汐をばいざ下り立たんわくらはに。問ふ人あらば。侘ぶと答へてこの須磨の浦乃汐汲まん須磨の浦乃汐汲まん』

小謡
(上歌)『里離れ。須磨の家居乃習ひとて。須磨の家居の習ひとて何事を松の柱や竹編める垣ハ一重にて。風もたまらじ傷はしや。海ハ少し遠けれども。波たヾこヽもとに。聞え来て何時の間に。夢をも御覧候べき。よしよしそれも御琵琶を。寝られぬまヽに遊ばせや我等も聴聞申すべし我も聴聞申さん』

小謡
(上歌)『それハ浦波の。音通ふらし琴の音の。音通ふらし琴の音乃。これハ弾く琵琶の。折からなれや村雨乃。古屋の軒乃板庇。目覚ます程の夜雨や管絃の障りなるらん』

(役別) 前シテ 尉、 後シテ 村上天皇、 前ツレ 姥、 後ツレ 龍神、 ツレ 藤原師長、 ワキ 従者、 ワキツレ 従者(二〜三人)
(所要時間) 四十七分