【こ】
049 小督(こごお)


駒を駆け寄せ駆け寄せて
シテ『賎が家居の仮なれど』
地『もしやと思ひ此処彼処に。駒を駆け寄せ駆け寄せて控へ控へ聞けども琴弾く人ハなかりけり。月にやあくがれ出で給ふと。法輪に参れば琴こそ聞え来にけれ。嶺の嵐か松風かそれかあらぬか。尋ぬる人の琴乃音か楽ハ。何ぞと聞きたれば。夫を想ひて。恋ふる名の想夫恋なるぞ嬉しき』

(作者) 能本作者考・歌謡作者考・異本謳曲作者・二百十番謳目録・享保六年金春八左衛門書上では、いずれも金春禅竹の作としているが、自家伝抄のみは世阿弥元清の作としている。
(曲柄) 四番目 (略二番目)
(季節) 八月
(稽古順) 四級
(所) 山城国葛野郡下嵯峨
(物語・曲趣) 高倉院のご寵愛を得ている小督局は、中宮が太政大臣の女であったので、その権勢を憚って姿を隠してしまった。

院はお嘆きのあまり、嵯峨野のあたりに居るらしいという小督局の行方を尋ねさせるために、勅使を弾正大弼仲国のところに遣わされた。

仲国は勅を奉じて、寮のお馬に跨って急いで出かけた。

嵯峨に隠れ住んでいる小督は、折からの八月十五夜に琴を引いて心を慰めていた。

仲国はあちらこちらを尋ね廻わっていたが、琴の音が想夫恋の曲であったので、小督の在り処を知ることとなる。

やっと内に入れてもらった仲国は、院の御文を小督に渡して返事を乞う。仲国は、小督が涙ながらにしたためた御返事を受け取って帰ろうとする。

小督は名残を惜しんで酒を勧めたので、仲国は舞を舞って小督を慰めた後、駒に跨って帰って行くのである。

主な狙いどころは、名月の夜における嵯峨野のあたりの情趣であって、琴の音が効果的に使われ、また駒に跨って尋ね廻る仲国の様子も、その情趣を一層複雑化している。

中宮=ここでは高倉天皇の中宮、平清盛の女徳子で建禮門院を指す。
弾正大弼=弾正台の次官。弾正台は非違を糾弾する役所。
寮のお馬=宮中の馬寮の御馬。
想夫恋=唐樂の曲名。もとは相府蓮と書いたが、音の相通から想夫恋の字を当て、恋慕の曲とみなしたのである。

小謡
(上歌)『せめてや暫し慰むと。せめてや暫し慰むと。掻きなす琴の自ずから。秋風にたぐへば鳴く虫乃声も悲しみの。秋や怨むる恋や憂き。何をかくねる女郎花。我も浮世の性乃身ぞ。人に語るなこの有様も恥ずかしや』

小謡
(上歌)『所を知るも嵯峨の山。所を知るも嵯峨の山。御幸絶えにし跡ながら。千代乃古道たどり来し行方も君の恵みぞと。深き情けの色香をも。知る人のみぞ花鳥乃。音にだに立てよ東屋の。主ハいさ知らず。調めハ隠れよもあらじ』

(役別) シテ 源仲国、 ツレ(後) 小督局、 トモ(後) 侍女、 ワキ(前) 勅使
(所要時間) 三十九分