【し】
056 俊寛(しゅんくゎん)
纜に取りつき引き留むる ワキ『情も知らぬ舟子ども。櫓櫂を振り上げ打たんとす』 シテ『さすが命の悲しさに。又立ち帰り出船の。纜に取りつき引き留むる』 ワキ『舟人纜押し切って。船を深みに押し出す』 シテ『せん方波に揺られながら。たヾ手を合はせて船よなう』 ワキ『船よと言へど乗せざれば』 シテ『力及ばず俊寛ハ』 地『もとの渚にひれ伏して。松浦佐用姫も。我が身にハよも増さじと。声も惜しまず泣き居たり』 |
(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 四番目 (略二番目)
(季節) 九月
(稽古順) 九番習
(所) 大隅国大島郡十島村硫黄島
(物語・曲趣) 中宮のご安産ご祈祷のために非常の大赦が行われ、鬼界が島にいる流人の成経と康頼に対して、赦免の使いが向かうことになった。
島では、成経と康頼が今日も例のごとく熊野詣でをしている。もう一人の流人である俊寛は、水桶を携えてその帰りを迎え、水桶の水を酒に代えて酌み交わし、落魄の今の境遇を語り合って嘆く。
そこへ都から赦免の使いが到着したので、俊寛が康頼に赦免状を読ませると自分の名前がない。
驚いて自分も繰り返し呼んでみたが、やはりわが名はなく、使いも「俊寛は許されないのだ」と言う。
俊寛はあきらめきれずに嘆願したが、その甲斐もなく、使いは他の二人を舟に乗せてやがて去ろうとする。
そこで、俊寛は船に取り付いて嘆願する。しかし、結局俊寛ひとりだけが島に残され、船は次第に遠ざかって行くのである。
四番目物の中でも最も悲劇的な曲のひとつ。主題は、孤島にひとり取り残される流人(主人公、俊寛)の心境を取り扱ったもので、同罪の流人三人がはじめは一緒に慰めあって生きていたが、その中の二人(康頼、成経)は許されて、一人だけ残されることになったので、俊寛の孤独感はそれだけ一層深刻になる。
仲間の心境が明るくなればなるだけ、また赦免使の態度が冷酷であればあるだけ、一層効果的となっている。
中宮=高倉天皇の中宮。清盛の女、徳子を指す。ここでは安徳天皇の御産の時のことであった。
非常の大赦=特別の恩典により罪人の罪を減免すること。
鬼界が島=鹿児島県大島郡硫黄島。元は鬼界が島といい、俊寛の古址がある。
流人=流罪に処せられた罪人。
成経=丹波の少将成経。藤原成親の子。右近衛少将で丹波守であったためにつけられた呼び名。
康頼=平判官康頼。検非違使尉であったために平判官と呼ばれた。流罪の途中で出家して、法名を性照といった。
■小謡 (上歌)『此処とても。同じ宮居と三熊野の。同じ宮居と三熊野乃。浦の濱木綿一重なる。麻衣の萎るゝをたヾそのまゝの白衣にて。真砂を取りて散米に。白木綿花の御禊して神に歩みを。運ぶなり神に歩みを運ぶなり』 |