【し】
058 昭君(しょおくん)


払ひもあへぬ袖の露
(上歌)『げに世乃中に憂き事の。げに世乃中に憂き事の。心にかゝる塵乃身ハ。払ひもあへぬ袖の露。涙の数や積るらん風に散り。水にハ浮かむ落葉をも。暫し袖に宿さん』

(作者) 世阿弥作、禅竹作と区々であるが、五音に「金春曲」とあるので、金春権守ではなかろうかと思われる。
(曲柄) 四、五番目
(季節) 三月
(稽古順) 一級
(所) 支那湖北省荊宣道帰州
(物語・曲趣) 唐土かうほの里の白桃王母という夫婦には、昭君という美しい娘がいた。

その娘は帝に召し出されて寵愛されていたのに、胡国に連れて行かれた。

父母の嘆きはひとかたでなく、それに同情した里人が慰めに行く。

老人夫婦は、昭君が胡国に行くとき柳の木を植えて、「もし、私が胡国で死んだらこの木も枯れるでしょう」と言ったが、「早やこの片枝は枯れてしまった」と言って嘆き悲しむ。

さらに、昭君が連れて行かれたわけを物語った後、鏡には恋しく思う人の映った例があるからと言って、形見の柳を鏡に移して娘の姿の現れるのを待つ。

しばらくして、昭君の幽魂が現れると、胡国の大将単于の幽霊も昭君の父母に対面しようと現れて来たが、鏡に映る鬼のような自分の姿を恥じて消えうせ、昭君の美しい姿ばかりが鏡の面に残るのである。

昭君の優しいみめ美しい姿と悪鬼のような韓邪将の姿の対象は、結局老父の悲嘆を正常化する理由となるのである。

白桃王母=昭君は斎国王穣の女である。白桃王母は仮作の名である。
胡国=支那北方の蕃国の総名。ここでは匈奴の国を指す。


鬼とは見れども
シテ『さね葛にて。結び下げ』
地『耳にハ鎖を下げたれば』
シテ『鬼神と見給ふ』
地『姿も恥かし鏡に寄り添ひ立つても居ても。鬼とハ見れども人とハ見えず。その身があらぬか我ならば。恐ろしかりける顔つきかな面目なしとて立ち帰る』

小謡
(上歌)『かの昭君乃黛ハ。かの昭君乃黛ハ。緑の色に匂ひしも。春や繰るらん糸柳の思ひ乱るゝ折ごとに。風諸共に立ち寄りた木蔭乃塵を払はん木蔭の塵を払はん』


(役別) 前シテ 尉(白桃)、 後シテ 呼韓邪単于、 ツレ 姥(王母)、 子方(ツレニモ)昭君、 ワキ 里人
(所要時間) 四十一分