【せ】
064 殺生石(せっしょおせき)
クセの中 地『頃ハ秋乃末。月まだ遅き宵の空乃雲の気色すさましく。うちしぐれ吹く風に。御殿の燈消えにけり。雲の上人立ち騒ぎ。松明とくと進むれば。玉藻の前が身より。光を放ちて。清涼殿を照らしければ。光大内に充ち満ちて書画の屏風萩の戸闇の夜の錦なりしかど。光に輝きて。偏に月の如くなり』 |
(作者) 日吉佐阿弥作。ただし、能本作者註文・歌謡作者考・異本謳曲作者はいずれも作者不明としている。
(曲柄) 四 五番目 (略二番目)
(季節) 九月
(稽古順) 四級
(所) 下野国那須郡那須湯本
(物語・曲趣) 玄翁という道人が奥州から都へ向かう途中、下野の那須野が原まで来ると、ひとりの女が現れ「そこにある石は恐ろしい殺生石だから近寄らないで」と注意したので、そのいわれをたずねる。
女はそれに答えて「昔、鳥羽院に仕えていた玉藻の前が、化生の身を見破られてこの原の露と消えた。その玉藻の前の執心が残って石となったのです」と語った後、「私はその石塊です」と告げて、石の中に隠れた。
そこで玄翁が石霊に引導を授けると、石はふたつに割れて石塊が野干の姿で現れ、玉藻の前となっていたことが見破られた。
玉藻の前は野干の本体を現し、「遁れてこの野に隠れ棲んでいたが、三浦介・上総介に退治されて残る執心が殺生石となった。今まで人の命を取って来たが、ありがたい供養を受けたのでこれからは悪事をいたすまい」と誓って消え失せる。
玉藻の前は死後もなお殺生石となって悪事を続けていたことを告白し、ついに回向を受けて改心を約し、化生の姿を消してしまう。容顔美麗の優女に身を化していたところにも、興味が付加されている。
那須野が原=栃木県那須野の原野。
殺生石=生き物を殺す石の意。那須山の麓にその遺跡と称するものがある。
玉藻の前=鳥羽法皇の寵愛を受けたという伝説上の美人。
化生の身=何物かの姿に化けている身。
野干の姿=やかんのすがた。狐の姿。
優女=美しい女。美人。
玉藻に御幣を持たせつゝ シテ『玉藻に御幣を持たせつゝ。肝胆を砕き祈りしかば』 地『軈て五體を苦しめて。軈て五體を苦しめて幣帛をおっ取り飛ぶ空の。雲居を翔り海山を越えてこの野に隠れ棲む』 |
■小謡 (上歌)『那須野の原に立つ石乃。那須野の原に立つ石乃。苔に朽ちにし跡までも。執心を残し来て。また立ち帰る草の原。物すさましき秋風の。梟松桂の。枝に鳴きつれ狐蘭菊の花に隠れ棲む。この原の時しも物凄き秋の夕べかな』 |