【た】
070 大仏供養(だいぶつくよお)


暫く辺に人もや候らん
ツレ『さても我が子の景清ハ。この程何処に在るやらん。南無や三世の諸仏。我が子の景清に。二度逢はせて賜び給へ』
シテ『いかに案内申し候』
ツレ『我が子の声と聞くよりも。覚えず樞に立ち出でゝ。景清なるかと喜べば』
シテ『暫く。辺に人もや候らん。某が名をば仰せられまじいにて候』

(作者) 不明
(曲柄) 四・五番目 (略二番目)
(季節) 九月
(稽古順) 五級
(所) 前、大和国奈良若草山ノ辺
    後、同奈良東大寺
(物語・曲趣) 平家没落の後、悪七兵衛景清は都に上っていた。ある日、南都で大仏供養が行われると聞き、自分も南都に住む母に対面しようと人目を忍んで南都へ急いだ。

母は景清を喜び迎えた後で、「頼朝を狙っているといううわさは本当か」とたずねる。景清はその決心を包まず母に語った。

やがて夜が明けると、母子は涙ながらに別れる。

大仏供養の場面で、頼朝が家来大勢を連れて供養の場に臨む。景清は宮人の姿に変装して近づこうとした。が、終に頼朝の家来に見破られたので、景清は銘刀あざ丸を抜き警固の武士が包囲するなかで格闘の末、ひとりの若武者を切って姿を消してしまう。

はなはだ単純な段取りで、詞章も曲節も平明で、能、謡としても初心者の所演にふさわしいもののひとつである。

あざ丸=太刀の名称。


供養の場に立ち出づる
シテ『姿に今ハ楢の葉乃。時雨降り置く天が下に。身を隠すべき便なき。憂き身の果ぞ哀れなる。宮人の。姿を暫し狩衣』
地『今日ばかりこそ翁さび』
シテ『人な咎めそ。神だにも』
地『塵に交はる宮寺の。供養の場に。立ち出づる』

■小謡
上歌『一門の船乃中。一門の船乃中に肩を並べ膝を組みて。所狭く澄む月の。景清ハ誰よりも御座船になくて叶ふまじ。一類その以下武略様々に多けれど。名を取楫の船に乗せ。主従隔てなかりしハ。さも羨まれたりし身の。麒麟も老いぬれば駑馬に劣るが如くなり』

(役別) 前シテ 悪七兵衛景清、 後シテ 前同人、 前ツレ 景清ノ母、 後ツレ 頼朝ノ従者(五〜七人)、 子方 源頼朝、 ワキ 頼朝ノ臣
(所要時間) 二十八分