【た】
073 忠度(ただのり)


通ふ浦風に
地『げにや須磨の浦余乃所にや変るらん。それ花に辛きハ嶺の嵐や山颪の。音をこそ厭ひしに。須磨の若木の桜ハ海少しだにも隔てねば。通ふ浦風に山乃桜も散るものを』

(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 二番目 修羅物
(季節) 三月
(稽古順) 三級
(所) 摂津国神戸市須磨浦
(物語・曲趣) 藤原俊成の家人が出家して西国行脚を志して須磨浦まで来ると、薪に花を折り添えて背負った老人が来て、櫻の木陰の古墳にその花を手向けた。

それを見た家人がこの老人に一夜の宿を乞うと、老人は「花の陰に勝る宿はないでしょう。これは平忠度の古墳ですから、良く弔ってください」と頼む。

そこで家人が懇ろに回向をすると、老人は喜んで、「実はお僧に弔われようと思って来たのです。なお、夢のお告げをお待ちなさい」と言って消え失せた。

その夜、僧が花の陰に寝ていると、夢に忠度が現れて、「“行き暮れて”の歌を詠み人知らずとされたのは妄執の第一ですから、定家君に話して作者の名を付けてください」と頼み、さらに都落ちをしたときのことから最後の様子などを語った。

前段は“行き暮れて”の歌の内容に基づいて構想し、後段はこの歌が詠み人知らずとされたことによって構想している。主眼点が、後段の軍物語にあることはいうまでもない。

藤原俊成=平安時代末の第一等の歌人。千載集の撰者。
行き暮れて=平家物語に見えている平忠度の歌。本曲の主題的和歌。
定家=藤原俊成の子。鎌倉初頭の歌人。新古今集、新勅撰集の撰者。


行き暮れて木の下蔭を
地『行き暮れて。木の下蔭を宿とせば』
シテ『花や今宵の。主ならまし。忠度と書かれたり』
地『さてハ疑ひ嵐の音に。聞こえし薩摩の守にてますぞ傷はしき。御身木の花乃。蔭に立ち寄り給ひしを。かく物語り申さんとて日を暮らし留めしなり。今ハ疑ひよもあらじ。花ハ根に帰るなり。我が跡弔ひて賜び給へ。木蔭を旅の宿とせば。花こそ主なりけれ』

小謡
地『げにや須磨の浦余乃所にや変るらん。それ花に辛きハ嶺の嵐や山颪の。音をこそ厭ひしに。須磨の若木の桜ハ海少しだにも隔てねば。通ふ浦風に山乃桜も散るものを』

(役別) 前シテ 尉、 後シテ 薩摩守忠度、 ワキ 旅僧、 ワキツレ 従僧(二〜三人)
(所要時間) 四十五分