【た】
074 龍田(たつた)
殊更にこの度は 上歌『殊更にこの度ハ。殊更にこの度ハ。幣取りあへぬ折りなるに。心して吹け嵐。紅葉を幣の神慮。神さび心も澄み渡る。龍田乃嶺ハほのかにて。川音もなほ冴えまさる夕暮れ』 |
(作者) 能本作者註文・歌謡作者考・異本謳曲作者・二百十番謳目録・金春八佐衛門上などはいずれも禅竹作としているが、自家伝抄のみは世阿弥作としている。
(曲柄) 四番目 (略初能又ハ三番目)
(季節) 十一月
(稽古順) 三級
(所) 大和国生駒郡三郷村立野龍田神社
(物語・曲趣) 回国の僧が、大和の龍田明神に参るために龍田川を渡ろうとする。
すると、ひとりの女が来て「龍田川紅葉乱れて流るめり渡らば錦中や絶えなん」という古歌を引いて、「心無く渡り給うな」と僧を止める。
そこで、僧は「今は紅葉の頃も過ぎて薄氷の張る時節ではないか」と答える。
これに対して、女は「“龍田川紅葉を閉づる薄氷渡らばそれも中や絶えなん”ともあるので、紅葉のころとは限らないでしょう」と答え、「私は神巫ですから」と言って僧を案内して明神に参詣させる。
そして、紅葉が当社の神木である謂れを語り、「実はこの神の龍田姫である」と名乗って社殿に姿を消した。
僧が神前に通夜をして奇特を待っていると、龍田の神が神殿鳴動して現れて瀧祭の神の徳を述べ、紅葉の美をたたえ神楽を奏して昇天するのである。
龍田明神=奈良県生駒郡立野に天御柱神・国御柱神を祭る本宮、龍田町に新宮として龍田彦・龍田姫を祭る。ここでは両社同体として考えられている。
龍田川=大和川の立野付近を流れる間を昔は龍田川と呼んだ。
龍田川紅葉乱れて流るめり=古今集読人不知の歌。奈良帝の歌とも伝えられる。
中や絶えなん=中が絶えるだろう。
龍田川紅葉を閉づる=藤原家隆の壬二集に見える。
神巫=みこ。女で神に奉仕する者。
瀧祭の神=たきまつりのかみ。神皇正統記に見える。
神楽の中 シテ『神の御前に』 地『神乃御前に。散るハもみぢ葉』 シテ『即ち神の幣』 地『龍田乃山風の。時雨降る音ハ』 シテ『颯々の鈴乃声』 地『立つや川波ハ』 シテ『それぞ白木綿』 地『神風松風。吹き乱れ吹き乱れもみぢ葉散り飛ぶ木綿付鳥の。御禊も幣も。翻る小忌衣。謹上再拝々々再拝と。山河草木。国土治まりて。神ハ上らせ給ひけり』 |
■小謡 上歌『氷にも。中絶ゆる名乃龍田川。中絶ゆる名乃龍田川。錦織りかく神無月の。冬川になるまでも。紅葉を閉づる薄氷を。情なや中絶えて。渡らん人ハ心なや。さなきだに危きハ薄氷を履む理の喩へも今に。知られたり喩へも今に知られたり』 |