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075 玉鬘(たまかづら)
シテ 一セイ シテ『程もなき。舟の泊りや初瀬川。上りかねたる。けしきかな。舟人も誰を恋ふとか大島の。うら悲しげに声立てゝ。こがれ来にける古の。果しもいさや白波の。よるべ何処ぞ心の月乃。御舟ハ其処と。果しもなし』 |
(作者) 金春禅竹。自家伝抄に「細川殿御所望」の註記あり。
(曲柄) 四番目 (略三番目)
(季節) 九月
(稽古順) 三級
(所) 大和国磯城郡長谷寺
(物語・曲趣) 南都の社寺を巡拝した旅僧が初瀬詣でを志して初瀬川のそばまで来ると、小舟に棹さして、急な流れを上って来る女がいるので怪しんで言葉をかける。
女は「ただ初瀬寺にもうでる者です」と答え、僧と一緒に山の紅葉をたたえながら御堂に詣でた。
その後、女が二本の杉に僧を案内したので、僧は「二本の杉の立所を訊ねずは…」の古歌の謂れを訊ねる。
これに対して女は、「光源氏の昔に、早舟で筑紫を逃げ出した玉鬘が都に上ってこの寺に参り、思いがけなく亡母の侍女であった右近に会った。その時に、その右近が詠んだのがこの歌です」と物語り、自分がその玉鬘の幽霊である事をほのめかして消え失せるのである。
そこで、僧が玉鬘のために回向をしていると、やがて玉鬘の霊が現れて、妄執に苦しむ身の上を嘆いていたが、懺悔をし、妄執を晴らして成仏するのである。
源氏物語の中の哀れな境遇の女性であった玉鬘を主人公とし、初瀬山の紅葉を背景とする淋しい情趣を狙ったものである。
二本の杉=古今集の施頭歌に詠まれて以来有名になった初瀬川あたりの杉である。
黒髪の シテ『九十九髪。我や恋ふらし面影に』 地『立つや徒なる塵の身ハ』 シテ『払へど払へど執心の』 地『ながき闇路や』 シテ『黒髪の』 地『あかねや何時の寝乱れ髪』 シテ『結ぼふれ行く。思ひかな』 |
■小謡 (上歌)『暮れて行く。秋の涙か村時雨。秋の涙か村時雨。古川野辺の淋しくも。人や見るらん身の程もなほ浮舟の楫を絶え。綱手かなしき類ひかな綱手かなしき類ひかな』 |