【ち】
077 竹生島(ちくぶしま)


面白の島の景色や
シテ『緑樹影沈んで』
地『魚木に上る気色あり。月海上に浮かんでハ兎も浪を奔るか面白の島乃景色や』

(作者) 金春八左衛門書上及び二百十番謳目録には金春禅竹作とある。ただし、能本作者註文は作者不明としている。
(曲柄) 初番目
(季節) 三月
(稽古順) 五級
(所) 近江国琵琶湖竹生島
(物語・曲趣) 延喜の聖代に仕えているある臣下が竹生島参詣の途中に琵琶湖の辺りまで来ると、漁翁と若い女が乗っている釣り舟が来たので、それに乗せてもらって竹生島に到着する。

臣下が漁翁の案内で社参をすると、女も社前に近づくので、臣下は「この島は女人禁制のはずではないのか」と怪しむ。

これに対して、漁翁は「この社の弁才天は女体であるので、女人であっても隔てはないのです」と言う。

その後、女は「私は人間ではないのです」と言って社殿に入る一方、漁翁は「我はこの湖の主なのだ」と言い捨てて波の中に入る。

ややあって、神殿が鳴動すると、弁才天が現れて夜遊の舞楽を奏し、続いて湖上には龍神が出現して臣下に金銀珠玉を捧げた。 

その後、天女は社殿に、また龍神は波を蹴立てて竜宮に帰るのである。

竹生島の明神と崇められている弁才天の霊現を示すために、下界の龍神を後見者のような資格で活躍させている。

龍神とか天女が現れるのも、要するに仏の衆生済度の方便からだというところがこの曲の主眼となっている。

延喜の聖代=醍醐天皇を指す。
女人禁制=古来、霊場が清浄であることを求めて人が入ることを禁じた。
夜遊の舞楽=ここは天女の舞を指す。
衆生済度=しゅじょうさいど。仏が一切の生き物・人類を救うこと。衆生を救って極楽に渡してやること。


金銀珠玉をかの客人に
地『夜遊の舞楽も時過ぎて。夜遊の舞楽も時過ぎて。月澄み渡る。海面に。波風頻りに鳴動して。下界の龍神現れたり』『龍神湖上に出現して。龍神湖上に出現して。光も輝く金銀珠玉をかの客人に。捧ぐる気色。ありがたかりける。奇特かな』

小謡
(上歌)『名所多き数々に。名所多き数々に。浦山かけて眺むれば。志賀の都花園昔ながらの山桜。真野の入江の船呼ばひ。いざ棹し寄せて言問はんいざ棹し寄せて言問はん』

小謡
(上歌)『所ハ海乃上。所ハ海の上。国ハ近江の江に近き。山々乃。春なれや花ハ宛ら白雪の。降るか残るか時知らぬ。山ハ都乃富士なれや。なほ冴えかへる春乃日に。比良の嶺颪吹くとても。沖漕ぐ舟ハよも尽きじ』

小謡
シテ『緑樹影沈んで』
地『魚木に上る気色あり。月海上に浮かんでハ兎も浪を奔るか面白の島乃景色や』

(役別) 前シテ 漁翁、 後シテ 龍神、 前ツレ 蜑女、 後ツレ 弁才天、 ワキ 臣下、 ワキツレ 従僧(二人)
(所要時間) 二十五分