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078 土蜘蛛(つちぐも)
懸くるや千筋の糸筋に シテ『懸くるや千筋の糸筋に』 頼光『五躰をつゞめ』 シテ『身を苦しむる』 地『化生と見るよりも。枕に在りし膝丸を。抜き開きちやうと斬れば。背くる処を続けさまに。足もためず薙臥せつゝ。得たりやおうと罵る声に。形ハ消えて。失せにけり形ハ消えて失せにけり』 |
(作者) 作者不明
(曲柄) 五番目
(季節) 七月
(稽古順) 五級
(所) 前、京都源頼光邸
後、京都北野東南蜘蛛塚
(物語・曲趣) 病臥中の頼光の許へ、胡蝶という女が典薬頭からの薬を持って見舞いに来た。深更に及んで、今度は僧形の怪人物が枕許に現れて頼光に病状を問う。
頼光は怪しんで名を尋ねると、怪人物は「我が背子が来べき宵なりささがにの蜘蛛のふるまひかねてしるしも」という古歌を以って返事に代え、千筋の絲を投げかけた。
そこで、頼光は枕許にあった膝丸で切りつけると、その妖怪は消え失せた。
その物音に驚いた獨武者が駆けつけ、頼光の話しを聞いて座中を調べる。すると、おびただしく血が流れているので、血の跡をたどって退治に出かける。
やがて獨武者の一行が古塚の前に達したので、その塚を崩す。するとその中から土蜘蛛の精魂が現れ、千筋の絲を投げかけて苦しめ、ついにそれを退治して都へ帰るのである。
主題は、悪霊魔力は結局のところ王威に敵しがたいという点にかかっており、土蜘蛛の暴威も遂には王威を背景とする頼光・獨武者の武力の下に屈服させられることを示している。
頼光=源満仲の子で、園融帝から後一條帝まで、五代に歴任した有名な武将。
胡蝶=謡曲作者の仮作の人物。
典薬頭=典薬寮の長官。典薬寮は、宮内省の所管で宮中の医薬に関する事柄を司った役所である。
僧形=僧侶の姿をした者。
我が背子が来べき宵なりささがにの蜘蛛のふるまひかねてしるしも=古今集、衣通姫の歌によって蜘蛛の序詞とされた。「ささがにの」は蜘蛛の枕詞。歌の下句は「蜘蛛のふるまひかねてしるしも」。
膝丸=源氏重代の宝刀。剣の巻には、この剣で罪人を試斬した時に首を膝にかけて切り落としたことから、この名がつけられたと語られている。
獨武者=姓名不詳。
投げかけ投げかけ ワキ『その時獨武者。進み出で』 地『その時獨武者。進み出でゝ。汝王地に住みながら。君を悩ますその天罰の。剱に当って悩むのみかは。命魂を断たんと。手に手を取り組み懸りければ。蜘蛛の精霊千筋の糸を繰りためて。投げかけ投げかけ白糸の。手足に纏はり五躰をつゞめて。仆れ臥してぞ見えたりける』 |
■小謡 上歌『色を尽して夜昼の。色を尽して夜昼の。境も知らぬ有様の。時乃移るをも。覚えぬ程の心かな。げにや心を転ぜずそのまゝに思ひ沈む身乃。胸を苦しむる心となるぞ悲しき』 |
(役別) 前シテ 僧、 後シテ 土蜘蛛ノ精、 ツレ 源頼光、 ツレ 胡蝶、 トモ 頼光ノ従者、 前ワキ 獨武者、 後ワキ 前同人、 ワキツレ 従者
(所要時間) 二十一分