【と】
085 唐船(とおせん)


只今尉が牽いて行く
日本子『さて唐土と日の本ハ。何れ優りの国やらん。委しく語り給へや』
シテ『愚かなりとよ唐土に。日の本を喩ふれば。只今尉が牽いて行く。九牛が一毛よ』
日本子『さほど楽しむ国ならば。傷はしやさこそげに。恋しく思し召すらめ』

(作者) 外山又五郎吉広。能本作者註文には作者不明。
(曲柄) 
四番目
(季節) 
不定
(稽古順) 
三級
(所) 
筑前国粕屋郡箱崎
(物語・曲趣) 
九州箱崎の何某が、唐土との船争いのときに、祖慶官人という者を捕らえた。箱崎何某は、祖慶官人に牛馬の野飼いをさせながら使っているうちに13年が経った。

唐土に残されていた祖慶官人のふたりの子供(唐子)は、父を慕い、父を伴って帰ろうと思ってはるばる日本へ渡って来る。祖慶官人は、日本でもうけたふたりの子(日本子)とともに野飼から戻って、唐子との対面を喜ぶ。

そこで、唐子が何某の許しを得て父を連れ帰ろうとすると、今度は日本子の方が別れを悲しんで引き止めるので、進退に窮した父親は海に身を投げようとする。

この様子を見た何某は、日本子の方も唐土へ連れ帰ることを許したので、父子五人は、船中で喜びの樂を奏しながら唐土へ帰って行く。

愛情の前には国境のないことを説くのが、第一の目的であったであろう。唐子に対するよりも、日本子に対する祖慶官人の愛情の方に重きを置いて構想したのも、この目的のためには自然な取り扱い方である。

箱崎
=福岡県糟屋郡箱崎町。昔、支那朝鮮と往来する要津として有名。
祖慶官人
=作者の仮作した人名。
野飼いをさせ
=放牧の仕事をさせ。


帆を引き連れて
地『陸にハ舞楽に乗じつゝ。陸にハ舞楽に乗じつゝ。名残おしてる海面遠く。なりゆくまゝに。招くも追風。船にハ舞の。袖乃羽風も。追風とやならん。帆を引き連れて。舟子ども。帆を引き連れて。舟子どもハ。喜び勇みて。唐土さしてぞ。急ぎける』

小謡
(上歌)『あれを見よ。野飼の牛乃声々に。野飼の牛乃声々に子ゆゑに物や思ふらん。況や人倫に於いてをや我が身ながらも愚かなり我が身ながらも愚かなり』

小謡
(上歌)『春宵一刻その値。千金も何ならず子ほどの宝よもあらじ。唐土ハ心なき。夷の国と聞きつるに。かほど乃孝子ありけるよと日本人も随喜せえり。尊や箱崎の。神も納受し給ふか』

(役別) シテ 祖慶官人、 子方(ツレニモ) 唐子(二人)、 子方 日本子(二人)、 ワキ 箱崎何某
(所要時間) 
四十分