【は】
100 花筐(はながたみ)

(作者) 世阿弥元清。但し五音のよれば、本曲のクセは観阿弥清次作の曲舞「李夫人」をそのまま採ったものである。享保六年観世大夫書上及び二百十番謳目録が本曲の作者を観阿弥としているのは、おそらくこの事情に基づくものであろう。
(曲柄) 四番目(略三番目) 狂女物
(季節) 九月
(稽古順) 準九番習
(所) 前、越前国今立郡味眞野村
     後、大和国磯白郡安部村池内辺
(物語・曲趣) 越前国味真野におられた男大迹皇子は、皇位を継承されることとなったのを機に、召し使っていた照日の前にお暇を出された。

その際に、照日の前に御文と御花筐を賜ったので、照日の前はそれを抱いて故郷に帰った。

その後のある日、継體天皇となられた皇子が行幸されるのを知った照日の前は、お慕いした余りに心が乱れて侍女とともに都へ向かった。その途中に行幸に行き逢い、御文と御花筐を持ってその前に進む。

照日の前は、それが君の御花筐であることを告げ、恋慕の情を述べる。帝は花筐によって女が照日の前であることを知り、一緒に伴って還幸される。

都の高貴な方に対する田舎の身分の低い女の恋慕を取り扱った曲で、その境遇がはなはだしい対照をなしている。そのきわどい局面を狂乱によって巧みに表現する。

味真野=福井県今立郡味真野村。
男大迹皇子=おおあとべのおおじ。応神天皇の五世の孫に当たる。
花筐=花摘みに用いる籠。
能の狂乱=心に思いつめたところのある者が、自然の風物(花とか月とか)に一時われを忘れて心意の統一を失い、悲しみを超越し、あるいは憂いある者が憂いを捨てて、一種の恍惚状態に入って浮かれはしゃぐ状態のことをいう。

(役別) 前シテ 照日ノ前、 後シテ 前同人(狂女)、 ツレ(後) 侍女、 子方 王、 ワキ(後) 官人、 ワキツレ(前) 使者、ワキツレ 輿舁(二人)
(所要時間) 五十五分