【ひ】
102 雲雀山(ひばりやま)


待つ日は聞かず郭公
上歌『さなきだに狭き世に。さなきだに狭き世に。隠れ住む身の山深みさらば心乃ありもせで。たゞ道狭き埋れ草露いつまでの身ならまし露いつまでの身ならまし』

(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 四番目 (略三番目)
(季節) 四月
(稽古順) 三級
(所) 大和国宇陀郡宇賀志村日張山青蓮寺
(物語・曲趣) 右大臣豊成は、ある人の讒言を信じて息女の中将姫を雲雀山に送り、そこで殺そうと企図した。

豊成から命を受けた家来は殺すに忍びず、山中に庵を作って姫をひそかに匿い、また乳母の侍従は草木の花を里人に売って姫を養っていた。

ある日侍従が里に出て行くと、そこへ豊成が狩のためにやって来た。そこで豊成は、侍従が狂人のようなさまをして面白いことを言いながら花を売っている様子に出会う。そして、姫がまだ生きていて、その姫を養うために侍従が苦労をしていることを豊成は知る。

その後、豊成が「先非を悔いていること」を神に誓ったので、侍従も安心して山中の隠れ家に豊成を連れて行き、親子を再会させた。豊成は喜んで姫を奈良の都に伴って帰るのである。

人を集めて物を売るためには、どこか気違いじみた言動をして人を面白がらせる必要がある。本曲は、花売り女のそうした様子を写そうとしたものであって、その花売りをしている原因について、家庭悲劇的な脚色を施したものである。

四番目物の中で狂女物。
能の狂女というのは、医学的な精神病者という意味ではなく、月や花といった自然の風物によって一時的に生活を忘れさせる詩情に浮かれると、それがいわゆる狂乱となる。狂乱は永続的なものでないから、興奮が醒めると元の平静さに戻ることになる。

雲雀山=大和にも紀伊にも同名の山があり、それぞれに寺があって中将姫の遺跡と伝えているが、いずれかは不明である。

小謡
上歌『さなきだに狭き世に。さなきだに狭き世に。隠れ住む身の山深みさらば心乃ありもせで。たゞ道狭き埋れ草露いつまでの身ならまし露いつまでの身ならまし』

小謡
上歌『月ハ見ん。月にハ見えじ存へて。月にハ見えじ存へて。浮世を廻る。影も羽束師の森乃下草咲きにけり花ながら刈りて売らうよ。日頃経て。待つ日ハ聞かず郭公。匂ひ覓めて尋ね来る。花橘や召さるゝ花橘や召さるゝ』

小謡
上歌『げにや世の中ハ。定めなきこそ定めなれ。夢ならば覚めぬ間に。はやとくとくとありしかば。乳母御手を引き立てゝ。お輿に乗せまゐらせて御喜びの帰るさに。奈良の都の八重桜咲き返る道ぞめでたきき返る道ぞめでたき』

(役別) 前シテ 乳母侍従、 後シテ 前同人、 子方 中将姫、 ワキ 右大臣豊成、 ワキツレ(後) 豊成ノ従者(二〜三人)、 ワキツレ(前) 中将姫ノ従者  
(所要時間) 四十一分