【ま】
109 巻絹(まきぎぬ)
この手を見れば (地)『解けや手櫛の乱れ髪乃。神ハ受けずや御注連乃。引き立て解かんとこの手を見れば。心強くも。岩代の松の。何とか結びし。なさけなや』 |
(作者) 世子申楽談義・五音・観世大夫書上・能本作者註文・歌謡作者考・異本謳曲作者はすべて作者不明としている。但し、二百十番謳目録と自家伝抄だけは観阿弥の作としている。
(曲柄) 四番目(略三番目)(略初能)
(季節) 十二月
(稽古順) 三級
(所) 紀伊国東牟婁郡熊野本宮
(物語・曲趣) 「千疋の巻絹を三熊野に納めよ」との宣旨を賜った臣下が、熊野詣でをして諸国の絹を集めている。
そこへ、都から巻絹を持って来た男がいた。この男は音無の天神に立ち寄り、そこで冬梅が咲いているのを見て手向の和歌を詠んだりしていたので、日限に遅れて到着してしまった。
そこで、勅使は遅参した咎を責めて男を縛る。
すると、音無の天神が神子にのり移って現れて来て、「この男は歌を詠んで私に手向けた者であるから、縄を解いてやってください」と頼む。
そして、歌の上句を男に言わせ、自分はその下句を継いで証拠を示し自分で縄を解いてやって、なお歌の徳について語った。
その後、勅使の求めに応じて祝詞を上げ、また神楽を舞っている間に狂態を示して物狂おしく舞いながら、熊野権現のことを語る。やがて神霊は離れ、神子は本性に帰るのである。
主人公の神子が神楽を狂乱的に見せるというところがこの曲の本旨であって、天神信仰とか、遅参、束縛、救済ということは、すべて筋をそこまで持っていくための道程に過ぎないものと見るべきであろう。
三熊野=本宮、新宮、那智の熊野三社をさす。
音無の天神=熊野本宮旧趾の東北にあった地主の神。
■小謡 (地)『解けや手櫛の乱れ髪乃。神ハ受けずや御注連乃。引き立て解かんとこの手を見れば。心強くも。岩代の松の。何とか結びし。なさけなや』 |