【み】
115 三輪(みわ)
かき消す如くに失せにけり 地『杉立てる門をしるしにて。尋ね給へと言ひ捨てゝ。かき消す如くに失せにけり』 |
(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 四番目(略初能) (略三番目)
(季節) 九月
(稽古順) 三級
(所) 大和国磯城郡三輪
(物語・曲趣) 大和の三輪に山居している玄賓僧都の庵に、毎日、樒閼伽の水を運んでくる女がいた。
ある日、この女が「秋も夜寒になったので衣を一重頂けませんか」と言うので、僧都が衣を与えたあと女の住処をたずねると、「わが庵は三輪の山もと恋しくは訪い来ませ杉立てる門、と詠まれた杉立てる門をしるしに訪ねてください」と言って消えうせた。
そこで、僧都が三輪の神垣のなかにある二本の杉に行って見ると、その枝に先ほどの衣がかかっており、その褄(つま)には和歌が記されているので不審に思ってその歌を詠んでいると、そこへ三輪の女神が現れて来た。
女神は三輪の神話を語ったり、神楽を奏して天岩戸の神遊びの模様を示していたが、夜の明け方になって神姿は玄賓の夢のうちから消え去るのである。
三輪の伝説を語らせるのが主要目的であって、神代の恋物語を優しく上品に語らせるために、気品のある女性を主人公に選んでいる。
三輪=奈良県磯城郡三輪町の東方にある三輪山を指す。
玄賓=河内の国の人。姓は弓削氏。
樒=しきみ。墓場などに植える常緑樹のひとつで、枝や葉を仏前に供える。
閼伽の水=あかのみず。閼伽は梵語で水の意。仏に備える水を閼伽の水と称す。
わが庵は三輪の山もと=古今集、読人不知の歌。下の句は「とぶらい来ませ杉立てる門」。
神垣=神社の垣の意であるが、ここは社そのものを指す。三輪明神は三輪山全体を神体と見て、社殿は設けられていない。
神楽ノ中 シテ『天乃岩戸を。引き立てて』 地『神ハ跡なく入り給へば。常闇の世えお。はやなりぬ』 シテ『八百萬の神達。岩戸の前にてこれを歎き神楽を奏して舞ひ給へば』 地『天照大神その時に岩戸を。少し開き給へば。また常闇の雲晴れて。日月光り輝けば。人乃面しろじろと見ゆる』 |
■小謡 (上歌)『秋寒き窓のうち。秋寒き窓のうち。軒の松風うちしぐれ。木乃葉かき敷く庭の面。門ハ葎や閉ぢつらん。下樋乃水音も苔に。聞えて静かなるこの山住ぞ淋しき』 ■小謡 (上歌)『女姿と三輪の神。女姿と三輪の神。ちわや掛帯引きかへて。たヾ祝子が著すなる。烏帽子狩衣。裳裾乃上に掛け。御影あらたに見江給ふかたじけなの御事や』 ■小謡 (キリ)『思へば伊勢と三輪の神。思へば伊勢と三輪の神。一体分身乃御事今更何と磐坐や。その関の戸乃夜も明け。かくありがたき夢の告。覚むるや名残なるらん覚むるや名残なるらん』 |