【も】
119 盛久(もりひさ)


種々諸悪趣地獄鬼畜生
シテ『げに頼もしやさりながら。全く命の為にこの文を誦するにあらず』
シテワキ『種々諸悪趣地獄鬼畜生。生老病死苦以漸悉令滅』
地『この文の如くば。諸々の悪趣をも三悪道は免るべしやありがたしと夕露乃。命ハ惜しまずたヾ後生こそハ悲しけれ』

(作者) 観世十郎元雅。ただし、能本作者註文、歌謡作者考、異本謡曲作者、自家伝抄はいずれも世阿弥の作としている。
(曲柄) 四・五番目
(季節) 三月
(稽古順) 準九番習
(所) 前、京都 
     後、相模国鎌倉
(物語・曲趣) 平盛久は捕らわれの身となって鎌倉に送られることになった。都を出るとき、護送役の土屋三郎に乞い、日頃信仰する清水観音へ輿を立てさせ、最後の祈願をしてから鎌倉に下った。

処刑の時が近づき、そのことを土屋が知らせた際にも、盛久は心静かに観音経を読誦していた。その後で一睡していると、夢のなかで観音のお告げがあった。

翌日の明け方、盛久が由比ケ浜で切られようとするその時、太刀取りは盛久が手にしていた経巻から発する光で目がくらみ、取り落とした太刀は二つに折れてしまった。

これを聞いた頼朝は、盛久を連れて来させて清水観音の霊夢の次第を聞く。すると、自分も同じ夢を見ていたので、奇特に思い命を助けたうえ杯を与えて舞を所望する。盛久は立って舞い、やがて退出する。

主題は、すでに死を予期した武人が観音信仰の余徳によって、不思議に救われるというところにある。敵味方ともに信仰によって和やかな融和をかもし出し、悲哀は歓喜となり、絶望は感謝となる。政治、軍事、党派抗争を超越した仏道世界の法悦の提示である。

土屋三郎=頼朝の家臣土屋三郎宗遠。
清水観音=京都市東山区の清水寺。
由比ケ浜=鎌倉の海岸由比の浜。


長居は恐れあり
地『酒宴半ばの春の興。酒宴半ばの春の興。曇らぬ日影のどかにて。君を祝ふ千秋乃鶴が岡の。松乃葉の散り。失せずして真析の葛』
シテ『長居ハ恐れあり』
地『長居ハ恐れありと罷申つかまつり。退出しける盛久が。心の中ぞゆゝしき心の中ぞゆゝしき』

■小謡
上歌『昔在霊山の。御名ハ法華一佛。今西方の主また。娑婆示現し給ひて我等が為の観世音。三世の利益同じくハ。かく刑戮に近き身乃。誓ひにいかで洩るべきや。盛久が終の道よも暗からじ頼もしや』

(役別) シテ 盛久、 ワキ 土屋三郎、 ワキツレ 従者(太刀取)、 ワキツレ 輿舁(二人)
(所要時間) 五十三分