【ろ】
129 籠太鼓(ろおたいこ)


鼓の声も音に立てゝ
シテ『鼓の声も音に立てゝ』
地『鳴く鶯の青葉乃竹』
シテ『湘浦の浦や。娥皇女英』
地『諫鼓苔むすこの鼓』
シテ『現もなやな懐かしや』
地『鼓の声も時旧りて。鼓の声も時旧りて。日も西山に傾けば。夜乃空も近づく六つの鼓打たうよ。五つの鼓ハ偽りの。契り徒なる妻琴の。ひき離れ何処にか。我が如く忍び音のやはらやはら打たうよややはらやはら打たうよ。四つの鼓ハ世の中に。四つの鼓ハ世乃中に。恋と云ふ事も。怨みと云ふ事もなき習ひならば獨り物ハ思はじ』

(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 四番目(略三番目)
(季節) 不定
(稽古順) 三級
(所) 肥前国松浦
(物語・曲趣) 九州松浦の何某は、家来の関清次が他卿の者と口論の末にその男を殺してしまったので、入牢させていた。ところが、ある夜に清次は牢を破って逃げてしまった。

そこで、松浦の某は清次の妻を呼び出して、夫の在り処を糾した。しかし妻は白状しないので、夫の在り処がわかるまでこの妻を入牢させることにした。

ところが、この妻が牢内で狂気したので牢から出してやろうとすると、妻は「愛する夫の代わりなのだからここを出ますまい」と言う。そのやさしい心に感じて、松浦の某は「夫婦ともに許す」と言うと、妻は牢から出て来る。

牢から出て来た妻はそこに掛けてある時の鼓を見て、許しを得て心を慰めるために鼓を打つ。妻はそれを打つうちにかえって狂乱の態となり、夫を恋い慕って「懐かしいこの牢を出ますまい」と言って、再び牢に入ってしまう。

何某は一層感動して、さらに夫婦の赦免を神明に誓うと、冷静になった妻は安心して夫の在り処を明かし、やがて夫を伴って帰り、ふたりは睦まじく暮らすのである。

この曲の形に現れた特色のひとつは、ほとんど対話劇であると思われるほど対話の量が多くなっていることである。

九州松浦=佐賀県松浦郡地方。

小謡
(上歌)『無慙や我が夫の。身に代りたる籠の中。出づまじや雨の夜乃。尽きぬ名残ぞ悲しき。西楼に月落ちて。花の間も添ひ果てぬ。契りぞ薄き燈火の。残りて焦るゝ影はづかしき我が身かな』

(役別) シテ 清次ノ妻、 ワキ 松浦ノ某
(所要時間) 三十分