【ん】
131 梅枝(んめがえ)
シテ 語の中 シテ『げにげに出家乃御事。一宿ハ利益なるべけれども。さながら傾く軒の草。埴生の小屋乃いぶせくて。何と御身を置かるべき』 ワキ『よしよし内ハいぶせくとも。降り来る雨に立ち寄る方なし。たゞさりとてハ貸し給へ』 シテ『げにや雨降り日も呉竹の。一夜を明させ給へとて』 |
(作者) 世阿弥元清
(曲柄) 四番目(略三番目)
(季節) 九月
(稽古順) 二級
(所) 摂津国大阪市住吉
(物語・曲趣) 身延山の僧が廻国中に津の国住吉で村雨に遭い、とある庵に泊めてもらう。その庵の主は中年の女であり、庵の中に太鼓と舞いの衣装が飾ってあるので、僧は不審に思って女にそのわけを尋ねる。
女は、「昔、伶人である浅間と冨士というふたりが管弦の役の争いをして、冨士は浅間に討たれてしまった。そこで、冨士の妻は夫の形見である太鼓を打っては夫への恋慕の情を紛らかしていた。しかし、この女もやがて死んでしまった」という哀れな物語をした後、執心の苦しみを述べ、回向を乞いて消えた。
僧が法華経を読誦して回向をしていると、冨士の妻の亡霊が夫の舞いの衣装を着て現れ、「懺悔のために」と言って昔のことを語ったり、舞を舞ったりした後にやがて姿を消していく。
不慮の死を遂げた夫のことを忘れかねて、恋慕の情を断ち切れないままで死んだために、妄執に苦しんで僧の回向を乞うという極めて自然な構想を持つ幽霊曲であって、前段の哀れな物語と後段の舞いの衣装を着て舞うところが狙いどころとなっている。
伶人=管弦音楽を奏する人。
管弦の役の争い=管弦の御役を戴くことをお互いに競争すること。
手折やせまし我が心 シテ『思ひ出でたる一念乃』 地『起るハ。病となりつゝ続がざるハこれ薬なりと。古人の教へなれば。思はじ思はじ恋忘れ草も住吉の。岸に生ふてふ花なれば。手折りやせまし我が心。ちぎり麻衣乃片思ひ執心を済け給へや』 |
■小謡 (上歌)『西北に雲起こりて。西北に雲起こりて東南に来る雨の脚。早くも吹き晴れて月にならん嬉しや。所は住吉の。松吹く風も心して旅人の夢を。覚ますなよ旅人の夢を覚ますなよ』 ■小謡 (上歌)『或ハ若有聞法者。或ハ若有聞法者。無一不成仏と説き。一度。この経を聞く人成仏せずと云ふ事なし。ただ頼め頼もしや。弔ふ灯火乃影よりも。化したる人の来りたり。夢か現か見たりともなき姿かな』 |