伊東・城ヶ崎ピクニカルコースを歩く

門脇崎灯台・展望台からの眺望

 伊東・城ヶ崎。その昔、大室山噴火によって相模灘に面する海岸に流出した溶岩は、大小無数の岬や高さ数十メートルにものぼる絶壁をつくり上げることとなった。

  海原の遠くには伊豆七島を一望し、岬越しには天城連峰がそびえる。海岸沿いや林の中に設えられた散策路をのんびりと歩く「伊東・城ヶ崎ピクニカルコース」を楽しんだ
(2005年4月9日)。
                   (参考資料:伊東観光協会リーフレット、現地案内板ほか) 


ぼら納屋(散策コースの起点)
  ぼら回遊の時期になると、漁師たちはここに住み込みこの付近の浜辺から出漁。水揚されたボラは江戸城に献上されていった。

  340年間も続いた納屋であるが、現在では改修されて磯料理のお店になっている。
黒船防備の砲台跡
 
幕末の頃、この地を管理していた沼津藩の水野氏が黒船の来襲に備えて、四門の大砲を据え付けた。
 
  大砲はその後下田港に運ばれたといわれ、現在では山野草が生い茂る林の中に新たな砲台模型が据え付けられている。



門脇の吊橋「半四郎落し」に架かる吊橋
  「かどかけ岬」と「門脇岬」との間の海触洞に架かる橋で、長さ48m、高さ23mの海の吊橋。下を見ながら渡るにはスリルがあって、ビビル感じもする。

  昔の大噴火の溶岩流が表面の冷却した部分を残して海面に流れ出し、その跡に出来た大きな窪地の台地との間を結ぶ橋として架けられたもので、城ヶ崎の名所のひとつとなっている。昭和43年3月の完成。

半四郎落し物語
  『その昔、"半四郎"と"およし"という仲のよい夫婦がいたが、ある日"半四郎"は海に落ちてしまった。知らせを聞いた"およし"は大変に悲しみ、ここ城ヶ崎へ来て涙を流す日が続いた。以来、ここ一帯には毎年秋になると飛び散った"およし"の涙にも似たイソギクの花が可憐な姿を見せるようになった。そして、いつの頃からか村人達はここを「半四郎落し」と呼ぶようになった…。』



門脇崎灯台からの眺め
  灯台は昭和35年に建設されたもので、比較的新しい灯台である。平成7年5月に展望台付きの灯台に改築。

  遠く伊豆七島や天城連山の峰々を望むことが出来る。
散策路からの眺め



歌碑
  「城ヶ崎ブルース」(星野哲郎作詞)
穴口
  火山の溶岩が流れた跡がトンネル状になり、その上に橋が架けられた。下を覗くと、奥深い洞窟の底に海水が打ち寄せるのが見える。
伊豆海洋公園(散策コースの終点)
  ビロー椰子やワシントン椰子など南国ムードいっぱい。



コースの林の中で


伊豆高原駅前・さくら並木(夜桜) 同左(夜桜・モノクロ) 同左(早朝)